制度もグラデーションに

私が家から出られなくなったのは突然のことではない

19歳でパニック発作を発症した後

10年以上をかけて徐々に徐々に不安感と恐怖感が増していった

30歳の時、過度のストレスから血液疾患に罹り死にかけたことをきっかけに

発作が頻発するようになった

その間は正規教員として働いていた

片道1時間半の通勤、体力勝負の行事

複雑な家庭の子どもやモンスターペアレントと呼ばれる保護者の対応、山盛りの校務分掌もしていた

血液疾患の病休中、正規教員としてそのまま休むことが難しくなり退職し、

退職後は産休代替えとして担任業務をしていたが

校長のパワハラや職員間のトラブルに巻き込まれ不安感、恐怖感、責任感、罪悪感……

いろんなネガティブ要素が強く結びつき

仕事に行けない日が増え始め産休代替えも辞めざるを得なくなった

家でできる仕事やパートもしてみたが

急加速したように病状は悪化し心も体もお金も底をついてどうしていいのかわからなくなった

そして、とうとう、大きな発作が日に何度も起きベッドから動けなくなってしまった

救急隊や両親の世話になりながら毎日のように病院に担ぎ込まれた

人間として親として社会人として、全く機能しなくなって初めて

医師が障害として申請してくれて障害年金で最低限の暮らしができる見通しがついた

 

制度は適用か不適用かのどちらかだ

支援を受けられるか受けられないかの2択

 

知的障害が認められるか否か

心臓病患者はペースメーカー装着か否か

もっと言えば病名が付くか否かで

障害手帳及び障害年金の受給を受けられるかどうかが決まる

 

しかし、実際はピッタリここから!という線は引けない

これらはどれもグラデーションなのだから

人によって、時期によって、状況によって症状が異なり

症状が異なれば支援が変わる

症状の悪化を自覚しながらも自力解決しか手段を持たず

命や生存権の危機に瀕してやっと制度を受ける権利が与えられる

瀕死の状態になってからでは再起不能なのに……

もしも、動けなくなる前に就労継続支援(作業所)や経済的支援を得られていたら

体調によって臨時講師と就労支援を上手く使って自力で生きられたかもしれない

そういう人が多いのではないだろうか

生活保護制度だって、土地、家、車、貯金すべて失って初めて申請することができる

申請後は役所からは遠近・年齢容赦なく親族という親族全てに面倒を見られないかと書類にサインを求められ

人間としての尊厳を散々にされて初めて許可される

全てを失いどうしようもなくなってからでは自分で這い上がる力すら残っていない

それは個人だけではなく社会にとってもマイナスだ

手前で手を差し伸べておけば盛り返せた人達が生涯国に面倒を見てもらわなければならなくなるのだ

 

そうやって切り捨てられ、悲観し、命を絶った人たちが今までどれくらいいただろう

 

 

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