エシカルをお金にしなければ国が潰れる

今、私達は資本主義の限界にきている

より良くより便利に生きるためにお金を利用しているのか

お金を稼ぐために生きているのかわからないほど

現代社会はお金が命と同等かのような扱いだ

社会は、国は、何のために形成されたのか?

人間は何もかもを一人で賄うことができないから

協働して生きていくのだ

そんな当たり前の仕組みすら見失ってしまった

お金が目的の社会になってしまったことで

お金を稼げない病人や障害者や子どもの存在は軽く扱われ

国民のために働く公務員は税金泥棒的に扱われ

医療福祉従事者は無限のサービス業の如く扱われるようになってしまった

その結果、生きづらい人や働き甲斐のない人ばかりで、社会を形成する意味が崩壊寸前だ

 

ここにきてSDGsという地球規模で人間の生き方そのものの改革が動き出した

それもそのはず。徹底的な資本主義はもう限界だ

だからといって社会主義・共産主義的考え方は論外だ

資本主義も社会主義も本当の自由ではない

結局はお金か権力どちらかが一人一人の人権の上を行ってしまう

それでは持続は不可能だ

岸田総理が「新しい資本主義」なるスローガンを打ち出した

詳細はわからないが、私の考えは「2種類の労働対価」をもった新しい資本主義

 

SDGsでエシカルという言葉が広まりつつある

エシカル=倫理的・道徳的

このエシカルを労働の対価としてお金と同等の価値を持たせるのだ

 

お金を稼ぐのが難しい障害者、病人、子ども、高齢者や

相手や顧客に金銭要求ができない定額働かせ放題の公務員、教員や

お金よりも命という倫理・道徳最優先の職業である医療福祉従事者は

自分の存在や働きが私財や給与に反映されない

この人間として当然で、生活必需な領域に倫理的道徳的価値を付与していく

現在の制度では社会保障や国民皆保険等でサービスを受けることでカバーされているが

政権や時代によって変動的であり、何より自分が社会の役に立っているという自覚が生まれない

生きれば生きるだけ、働けば働くだけ損だという絶望的な気持ちになる

これではいつまで経ってもポジティブに生きられるわけがないのだ

自分で価値を得られるという意欲と自信が必要だ

この国で生まれて生きているだけで領民という国の要素を支えている価値

人にありがとうと言われた分だけ社会の役に立っている価値

これらを目に見える形で付与され、お金と同等に使用・交換できれば

直接的にお金を稼げない、相手に要求できない人達の生きづらさや働き甲斐を解消していけるだろう

そうすれば国も国民も自由と安心の中で明るく成長するだろう

詳細は専門家と共に詰める必要があるが基本的な考え方としてなくてはならない柱だと思う

 

 

 

 

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