空気中で溺れる ー 不安障害と鬱病の違いに関する私的考察 ー

先週、新型コロナウイルスワクチンの3回目を接種した

1回目は腕の痛み、2回目は体中の痛みと倦怠感2日間程度+帯状疱疹

3回目は発熱と倦怠感、頭痛、節々の痛みで3日間ほど副反応というものを味わった

悪寒と発熱の繰り返しは数年ぶり

最後は熱の花(ヘルペス)が鼻の穴にできるというおまけ付き

 

30代の私ならばこんな風に軽い感じには話せなかっただろう

私が過ごした30代は地獄の底なし沼

不安障害が最も深刻で、パニック発作の頻発に心も体も焦燥しきっていたあの時期なら

ワクチン接種はとてもじゃないが耐えられなかっただろう

 

頭では副反応を理解できるが

いざ打った後体調が下っていく中で

「これは本当に副反応だけなのか?」

「何か特殊なことが起きているのではないか?」などと疑い始め、あらゆる最悪の事態が頭をよぎる

それが予期不安が誘発する

不安感と恐怖感が脳を占領し急激にストレスがかかる

一度エンジンがかかるともう止められない

脳内に警鐘が鳴り響き、体中に生命の危機だと煽る

発作が最高潮に達する時間までのカウントダウンと

それまでにどうやって病院に辿り着けばいいか頭をフル回転させ

動悸が激しくなり、呼吸が浅くなり、頭手足から血の気が引いていく

何とも言葉に表し難い独特の強烈な焦燥感に襲われる

気が触れてしまうのではないかと思うほどだ

自分が自分でなくなるのを繋ぎ止めるのに必死だ

吸っても吸っても酸素が足りなくなる

呼吸を速めて吸っても吸っても酸素が入ってこない

実際は息を吸い過ぎて酸素は十分にあり、息を吐けていないために二酸化炭素が多い状態だ

でも息ができていないと空気の中で一人で勝手に溺れている

体中が痺れ、思うように動かせなくなり、ベッドの上で床の上で藻掻き暴れ回る

もう自分の体をどうしようもできなくなってくる

苦しくて辛くて涙が止まらない

「死んじゃう!!」「どうしよう!!」「助けて!!!!」

気が付けば叫び狂っている

 

こう見ると不安障害と鬱の違いがわかるような気がする

両者は精神的不安定さやネガティブな気分など大きな症状の共通点が見られる為

どちらの診断名が付くかその時々によって曖昧なことがある

私自身も過度のストレスから血液の大病を発症した直後は鬱病だと診断されたが

私は違うと思っていた

 

どちらも精神的に生と死の境目にいるのは確かだと思う

どちらも死に非常に過敏になっているが

不安障害は死への拒否感から発作を起こし、必死で生にしがみつき

鬱病は死までの苦しみから発作を起こし、死に飛び込む

端から見れば癌の末期でもないのに何故死をそれほどまでに意識するのか理解できないだろうし

そういう意味で両者の違いは医師でも脳を科学的に詳しく検査をしないと診断が難しいだろう

 

元を辿れば、患者自身の本質的な死生観の問題なのだ

”どんなに辛くとも何としても生きていたい”と思考が向きやすい(脳の指針)

”苦しい状態が続くならいっそのこと死んだ方が楽かもしれない”と思考が向きやすい(脳の指針)

平たく言えば、生への苦しみか、死への苦しみかの違いなのだ

頭で考え得るような表面的な言い方をしたが

実際違いを生むのはそのような意識できる部分ではなくて

自分でもわからない脳の元々の質や、物心がつく前の生育環境から学習したことが脳深部に刻印されていて

精神的に苦しい状態に陥って判断力が弱ってくると

その脳深部が初期設定に刻まれた指針に沿って判断を代行するようになる

そこで初めて自分の死生観の本質が顔を出す

だから自分自身でも実際に危ない瞬間になるまで確信が持てないのだ

 

私の場合は産まれた時からの流れと既にパニック発作を経験していたから

鬱病ではなく、死への拒否感と生への苦しみだと心のどこかでわかっていたというだけ

 

身体的疾患よりも精神的疾患の方が生と死の距離は近い

 

 

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