マジョリティという球体が創り出すまやかしの遠心力

社会構造はよくピラミッド型に例えられるがそれは違う

社会構造は球体だ

マジョリティ=ある人物

という集団の核となる中心的人物の周りに

その人物に似た性質を持つ人物が集合し

さらに周りを囲んだ人物達に似た性質の人物が集合し

そうやって球体を形成していく

中心人物を囲んで社会は回り

球体が大きくなるほど超強力な遠心力が備わる

 

マジョリティという球体の構成要素となり得なかった

社会的弱者、性的マイノリティ、貧困層は

遠心力の効力から漏れるどころか

洗濯機の脱水の水滴の如く大きく外界に弾き飛ばされる

暴力で、暴言で、疎外で、詐欺で……

 

暴力に直接的に対抗する術は難しいとしても

その他の手段に対して私達は対抗することができ得る

その力を養うのが公教育

 

人類はありとあらゆる知識や技術を身に付けてきた

私達の人生は知識力と技術力に関しては先人が進めてくれた地点からスタートできる

しかし、精神力はゼロからスタートしなければならない

当然のようでこの辺りを勘違いしていることはよくあると思う

時代は進んでいるのに人類は同じ失敗を繰り返していると悲観的に語られるが

時代が進んだとて精神力は個人的成長なのだ

新人類だからと言って知識力と技術力のように自動的にバージョンアップはされない

 

弱者やマイノリティは

マジョリティという球体が創り出すまやかしの遠心力に騙される

弱者やマイノリティは

騙されまい、真実を見ようとして警戒する

弱者やマイノリティは

マジョリティの行動を見越して行動する

それは一見するとマジョリティに対抗しているようで

さらにマジョリティの遠心力の被害を拡大させることになってしまう

 

今話題に上がっている性的搾取を例にとれば

女性は性犯罪の被害に遭わぬよう夜の独り歩きを避ける

夜空を撮影するのが好きな女性は夜自由に出歩くのを躊躇う

その女性は自分の望みを曲げて我慢をすることになる

 

また、子どもの性被害を防ぐため

親は暑い日でも裾の広がった服を着せられなかったり

公衆トイレの使用時も気を遣ったりしている

子ども達は親に守られる場面は増えるが

自分自身で行動する自由は減っているだろう

 

もちろん、そうせねば身を守れないのだが

弱者やマイノリティはどんどん居場所や自由、権利を奪われてしまうのだ

 

現代の公教育は知識力と技術力以上に

実は精神力を高めることに大きな意義を持っていると思う

 

知識と技術は生活していれば勝手に身に付くものもあるし

現代においてはインターネット環境があれば

生活に必要な最低限度の情報をえることはできる

情報を得るための基礎力としての読み書き計算といった教育だけであれば

それほどの時間は要しないかもしれない

 

しかし、自己を生涯に渡って支える精神力を養うには

親と家庭だけでは身に付かない

他人の中に身を置き

自分と他人を共存・協働できるように練習しなければならない

自分の性質と似通った人の集まりではなく

公教育・教師が見守るセーフティーネットの中で

自分と性質の違う人達の存在を知り

自分自身の性質を自覚・許容・確立し

他人の性質を認知・尊重する

そういう精神力を養っていくには時間がかかる

それはインターネットの世界ではできない

セーフティーネットがないので精神力の育っていない人は一瞬で心が折れてしまう

 

公教育は時間も労力もかかるが

実際に他人の中で精神力を身に付けなければ

自分より強い者に、マジョリティの持つ強大な力に

生涯に渡って振り回され弾き飛ばされ続けてしまうのだ

 

教育はなぜ大事か?

現代における公教育の意義は?

 

その答えは、自分を自由にする力を身に付けるためだろう

 

 

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