孤独人間没落の理由

私は今

実家の2階に住んでいる

中学生の息子と共に

 

42歳、無職、シングルマザー

精神障害者、病弱、就労不能

 

毎日処方薬を飲み

何とか一日一日を生きている

 

一人では何もできない

連絡をくれる友達すらいない

 

生活は両親の支援と障害年金で賄っているが

ギリギリの暮らし

 

誰がどう見ても理想的な大人ではない

残念な大人だ

 

それは私自身が一番思っていること

 

 

 

中学校3年間は生徒会に所属

部活動では道大会出場

高校は進学校

国立大学に現役合格

卒業後小学校教員として10年間勤務

結婚し出産

 

一方でこれも私の事実、過去の事実

 

 

現在の事実と過去の事実

どちらが本来の私に相応しいかと言えば

現在の事実だろう

 

 

私は北海道の内陸部

田畑が広がる田舎で生まれ育った

いや死に損なったまま生き永らえた

 

母親が丸二日かけて産んだ私の体は

臍の緒を切った途端

死へのカウントダウンが始まった

 

遅かれ早かれ人間皆同じなのだが

私のカウントダウンは超高速で刻んでいた

食道が完全に閉鎖されていた為だ

 

そのままでは食べ物どころか

水すら胃まで届かない

 

 

42年前のこの田舎の病院には

この先天性食道閉鎖症の新生児を手術し

その後も生存させた事例はなかった

 

しかし

当時の小児科医の一人が果敢にも執刀した

 

母親のお腹から出て24時間も経過していない新生児の右胸から背中までの半周を切り開き

右肋骨をこじ開け

閉鎖した部分を切り取り

食道を縫い繋ぎ

再び右肋骨を元に戻し

皮膚を縫った

 

そして

食道が機能するまでの間

栄養を摂取できるよう

胃に穴を開けチューブを挿入

そのチューブからミルクを注入した

 

さらに

両手首、両足首にも穴を開け

4ヶ所から24時間点滴で薬剤、水分、栄養、輸血を入れた

 

私が生まれついて初めてされたことが

授乳でも抱っこでもなく

全身麻酔をかけられ体を切り刻まれることであり

 

私が生まれついて初めてしたことが

本能のまま泣き叫ぶことではなく

安心して眠り続けることでもなく

訳もわからず痛みと哀しみに耐えることだった

 

 

誕生から1年以上の間

私は病院のベッドの上で育った

 

 

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